「ここに来なければ出会えなかった神様」

 

○イエス様に救われるまで
私は小学校3年生の時に初めて教会に行きました。母が妹を公園で遊ばせていて仲良くなった方がクリスチャンで、母を教会に熱心に誘って下さったのです。しかし母は、宗教に深入りしてはいけない。と思いつつ、あまり断り続けるのは申し訳ないから、クリスマスに一度行ってみようという事で、一緒に教会に連れて行ってくれました。教会の人たちのとても優しそうな暖かい笑顔が子供ながらに印象的でした。
その後、母はイエス様を信じてクリスチャンになりました。その時に、神様と人の前で、自分はどういう罪を持っていたか、そして、どのようにイエス様を救い主と信じるようになったかを話している内容を聞いて、「母は本当に神様と出会ったのだな」と思いました。そして、クリスチャンになってからの母の幸せそうな様子をみて、感じるものがありました。
私は、中学2年生の時にクリスチャンになりました。その年の夏のキャンプで、自分が神様から離れていた罪人であったこと、背を向けて歩んでいた私のことも、神様は見捨てずに追いかけ続け、呼び続けて、心のドアをノックし続けて下さっていた、そのような大きな愛がドーンと迫ってきて、涙を流しながら悔い改めました。そして、私はイエス様を私の救い主として信じて生きていきたいと決心が与えられました。若干、中学2年生。聖書の全てが分かったわけでも、神様のことが全て分かったわけでも、何かクリスチャンになる勉強をしたのでもなく、ただ自分の罪を神様に教えられ、その事を悔い改め、イエス様を救い主と信じて告白したに過ぎないものです。でも、そのことを私がするように神様は待っていて下さったのです。
イエス様を信じて新しく生まれ変わった私に変化が訪れました。私は3歳の頃から喘息、アレルギーの症状が重く体の弱い子でしたが、聖書にも書いてあるように、病気を癒される力を持った神様が私の内に来て下さったので、体も強くされました。神様は今も昔も変わらずに生きて働いておられることを体験を持って知る事が出来ました。

○人生の転機
21歳の時、今の夫と教会で出会いました。お互いが神様を愛していて、その愛をシェアー出来る喜びを知ったので、ぜひこの人と結婚したいと思っていました。付き合い始めて1年くらい経った頃に、「自分は卒業したらアメリカに行くかも知れない。その時は結婚して付いて来てもらいたい」と言われました。結婚して欲しいというのは本当に嬉しかったのですが、アメリカに来て欲しいというのは本当に嫌でした。というのも、私は英語が本当に出来なくて、人前で恥をかいた事もあり、かなりのコンプレックスになっていました。私の人生、英語にだけは絶対に触れてはいけない!と思い英語は固く封印していました。なので、本当に嫌でたまらなかったです。それに当時は、大好きな仕事もしていて充実していましたし、大事な友人や家族もいて、それらを全て捨ててアメリカに行かなくてはならないのは納得がいかず、私だけがこんなに犠牲を払う事になる。と辛くて泣いていました。

○神様が下さった御言
私は今、あんなに嫌がっていたアメリカの地にいます。それは、夫に無理やり連れて来られたわけでもなく、仕方なく来たのでもありません。神様は私をこの地に導いて下さいました。その事を聖書を通して語って下さいました。
渡米する約3ヶ月前のクリスマスの時に、イエス様の母マリヤの姿を通して、神様が語って下さり励まして下さいました。
マリヤは聖霊によって、結婚前にイエス様を身ごもりました。結婚前に身ごもる事が当時、どんな犠牲や苦しみ、困難を伴ったかは私たちの想像を超えるものがあると思います。周りの人に傷つけられたかもしれない、家族からも見離されるかもしれない、婚約者ヨセフからも婚約破棄されるかもしれない。そういう苦しみをマリヤも考えたはずです。逃げたいくらいの事だと思います。
しかし、マリヤは「わたしは主のはしためです。お言葉通りこの身になりますように」と答えました。それは、神様には何でも出来ない事は無い。と信じる信仰をもって、神様が私にして欲しいと思われる事には、私は「はい」と答えて従います。という真っ直ぐな信仰の姿でした。その結果、マリヤは全人類の救い主であるイエス様を産む。というこの世の女性の中で、最も幸せで、最大の祝福を受け取った女性になったのではないですか?というメッセージを聞きました。

○ここに来なければ出会えなかった神様
アメリカに来て、私には出来ない事があまりにも多くて辛い事が何度もありましたし、これからもたくさんあると思います。病院に行ってもドクターが何を言っているのか分からなかったり、自分の症状を伝えられなかったり。銀行も郵便局も、スーパーも・・というように日本では当たり前に出来る事が、出来なくてとてもストレスに感じました。誰もこの気持ちを分かってくれないと、孤独を感じたりして、悲しくて涙した事が何度もあります。
私は渡米6ヶ月後に、長女を出産しましたが、初めての出産でただでさえ分からない事ばかりなのに、病院はもちろん英語で理解出来ない事がほとんどで、大変孤独を感じました。そして退院の日に、五万とたまっていた質問が上手に出来なかった時に、私の不安やプレッシャーが爆発して、病室で号泣しました。泣いてる生後2日の娘を抱きながら途方にくれて、本当に悲しくて、親として情けなくて、自分の無力さが悔しくて、おいおい泣いてしまいました。もう日本に帰りたい。と初めて本気で思いました。
子供を守ってあげるべく親が、やるべき事が出来ない無力さで私はボロボロになりました。鬱のような暗い気持ちが私をあっという間に覆ってしまいました。そんな私を夫や教会の方が、祈りと神様の愛を持って励まし、助けて下さって、私が神様を何度でも見上げられるように導かれて今日まで歩んできています。何度も倒れそうになり、また倒れてしまった私を優しく、しかし力強く起こして立たせて下さるのは神様以外にありません。

○私は弱いことを主の前には喜べます
私は今、この地に置いて下さった神様に本当に感謝しています。それは、この御言が体験となって私に迫って来たからです。
しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。 【第二コリント12:9−10】
今までも、またこれからも、弱さを感じる事がたくさんあると思います。でも、その時にいつもこの御言で励まされます。
そして、日本で大事にしていた仕事や友人、家族をいったん置いてこちらにある意味何も持たずに来れた事も感謝しています。それは、何かをつかみたい時に、両手が空いていればたくさんつかむ事が出来るように、神様からの祝福や喜びをたくさんつかめるようにされたからです。仕事や友人を持ちつつ、神様をつかんでいた時とは比べようもないくらいに、神様に満たされるようになったからです。この事は、こちらに来なくては知る事が出来なかったと思います。