「イエス様にゆだね、賛美する喜び」

 

私はクリスチャンの家庭に生まれたため、小さい時は親に連れられて教会に行っていました。しかし当時の私にとって教会生活とは面白いものではなく、退屈な場所であり小学生の頃には教会に行かなくなりました。やがて学生になり親元を離れ生活を送りますが、人間関係、また進路の問題などに苦しみ、近くにあった教会の礼拝に参加するようになりました。毎週日曜日の礼拝に参加するうちに、教会で牧師先生のメッセージを聞くことが楽しみになってきましたが、同時に礼拝の中で馴染めないこともありました。それは一つは聖餐式、もう一つは礼拝の中で歌う賛美です。聖餐式とは、イエス様を記念して礼拝中に行う儀式で、イエス様の体であるパン、血である葡萄ジュースを頂くものです。その頃、私はまだ洗礼を受けていませんでした。教会の牧師先生は洗礼をまだ受けていなくても、イエスがキリストであると信じるならその告白として、パンと葡萄酒を受け取ってよいと仰ってくれました。私はクリスチャンの家庭に育ったのでイエスがキリストであることは頭で分かっていましたが、それを自分の行動として神様の前だけでなく人の前にも表さなければいけないということは、とても勇気がいることでした。大きな教会であればみんなに紛れてごまかせるのですが、数人しかいない教会であったためそうはいきません。私は数年間、礼拝には出席していましたが、聖餐を受けることができませんでした。しかし聖餐を受けないことはイエス様を拒絶していることです。苦しい思いが私の中に溜っていきました。そういう思いが積もり、ある時思いきって聖餐を受けました。その時が、私が初めてイエス様に従った時でした。初めて聖餐を受けたときにイエス様が私の中に入ってきてくれた感動を、今でもはっきり覚えています。聖書の中でイエス様は「私は道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」と仰っています。しかし道であるイエス様に従うかどうかは、私自身が決めることです。イエス様に従うこと、イエス様の愛を体験することは、そんなに難しいことではありません。私はその時、自分が持ってきた信念、考え方を一度全て捨てて、ただイエス様に従いたいと思いました。その聖餐式の時に私の心は神様に向けて開かれ、礼拝の後、牧師先生に私は洗礼を受けたいと申し出ることができ、その後しばらくして洗礼を受け、私の心はイエス様にどんどん捕らえられていきました。

しかし私の中でもう一つ、問題が残っていました。それは賛美のことです。私の日本での母教会は小さな教会で、奏楽ができる人も時々しか来られず、礼拝での賛美は伴奏の機械に合わせて、賛美歌と聖歌を歌っていました。教会におられる方は歌が上手な方が多い気がしますが、私は歌が下手なので、上手に歌うことができません。かといって、数人しかいない教会であったので適当にごまかすわけにもいかずに、礼拝の賛美の時間は私にとって、とても憂鬱な時間でした。教会で牧師先生のメッセージを聞くことは好きでしたし、神様に祈ること、聖書を読むことは私にとって、とても大切な事でした。しかし神様を賛美することは苦手でした。礼拝中歌うのは歌が上手な人だけでよく、他の人は聞いているだけよいではないかと思っていました。

アメリカに来てプリンストン日本語教会の礼拝に出席した時、牧師ご夫妻をはじめ、教会の兄弟姉妹は手を叩いて大きな声で主を賛美していたのに圧倒されました。特に牧師夫妻は、神様にある喜びが抑えられないように、体全体で神様を賛美しているのでした。その姿を通して、主を賛美することは歌を歌うこととは、全く違うことであることを初めて感じました。歌が上手かろうが、下手であろうが、私たちは主を賛美し、主に栄光をあらわすためにつくられた者たちです。そのことに気づかされてからは、礼拝での賛美も喜びを持って、人の目を気にすることなく神様に向かって捧げることができるようになりました。更に神様は私たちに一人一人に、その人にしかできない、神様を賛美する賜物を与えてくださっています。それは「歌う」ということだけではありません。ある人には楽器を弾く賜物が与えられていて、それを通して主を賛美する。またある人は料理が得意で、それを通して主を賛美することもできます。私には、自然科学を研究する賜物が与えられています。そのことは一見、神様を賛美することとはあまり関係がないように見えます。しかしそれぞれが与えられた賜物は、神様が特別に与えてくださったものであり、それを十分に生かすことは神様が喜んでくださっているという確信を持てるようになりました。私に与えられている賜物である研究生活を通して出会う人たちに、自分の生き様を通して神様の愛を伝えていくことは、神様への最高の賛美もあるという思いを持てるようになれたことを主に感謝しています。