バックグラウンド

 私は典型的な日本人の家庭に育ちました。いわゆるイベントのときだけ神社に行ったりお墓がお寺にある家です。1つ特殊なことといえば、母方の実家が創価学会を信仰しているのですが、5人兄弟のうちの母だけがそれを拒んだということです。そんな中、私は小学6年生のときに中学受験を経験しました。私はそこで絶対に入れるであろうと言われていたとある有名私立中学を受験しましたが、精神的なプレッシャーから、不合格になってしまい、しかもすべり止めのはずの学校もことごとく失敗し、自分としては行くつもりがまったくなかった鴎友学園という学校へ進学しました。その学校はミッションスクールで、聖書の時間があり、そこで私は始めて聖書のメッセージを聞きました。
 始めの私の印象は「キリスト教」=「西洋のもの」=「なんとなくかっこいい」といったものでした。そこで聖書を教えてくださったのがワードオブライフジャパンという宣教団体のディレクターをされている先生でした。先生は私たちに「実は私たちのことを100%いや200%の愛で愛されている神様がおられるんだよ。聖書には『あなたは私の目に高価で尊い。私はあなたを愛している。』と書かれている。」とおっしゃいました。そのことが私の心の中に残っていましたが、そのときはただそれだけでした。

イエス様との出会い

 中学1年の夏休みに入り、私と友人は英語の先生が誘ってくれた英語のキャンプに申し込みをしましたが、もう満席だといわれ、仕方なくもう1つ案内を貰っていたワードオブライフのキャンプに申し込みをしました。そしてその箱根で行われたワードオブライフのキャンプで私はイエス様を救い主として受け入れる祈りをしました。
 キャンプの中の集会で先生はマタイ7:24−27を開き、私たちに尋ねました。「あなたの土台は何ですか?」私は正直に自分の土台は砂だと認めざるをえませんでした。私にとっての自分の価値は人と比べて何かが出来る、特に私は勉強が得意だったので、他の人と比べて成績が良い…そんなことにあるということが分かっていました。しかし、中学受験で失敗した経験から、そんな自分の価値がいかにもろいものかも分かっていました。
 続けて、先生は岩の土台が何であるかを話されました。それはこの永遠に変わることのない神様のみ言葉、聖書であり、イエス様の十字架であることを聞きました。そして、私たちには罪があること、それゆえに死ななくてはならないこと、そしてその私たちの罪の身代わりとなってイエス様が十字架にかかって死んでくださったことを聞き、とても素直に「ありがとうございます!」と言って祈ったのを覚えています。それが私が神様の子供とされた13歳のときの出来事です。

救いの確信と献身の祈り

 しかし、その後わたしの毎日が劇的に変わったかといえばそうでもありませんでした。毎週日曜日に教会に通いながらも、何か悪いことをするたびに「もう神様は私を見放してしまったかもしれない」と不安になったり、そんな自分が嫌いになるようなこともありました。しかし高校1年生の夏に私はワードオブライフのニューヨークキャンプに参加する機会が与えられました。そのキャンプの中で、カウンセラーの女性が私の中にある不安定なものに気がついてくださり、1つのみことばをシェアしてくださいました。それは第1ヨハネ5:13のみことばでした。「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」ここにあるように、私たちは自分の中にある救いは永遠に変わることがない。そしてそのことを私たちがよく理解して確信してもいいんだということが分かり、心から嬉しくて、はじめてその喜びを人にも伝えたい!と思うようになりました。そして再び、高校3年生のときにワードオブライフのフロリダキャンプに参加し、5つのパンと2匹の魚のメッセージを聞きました。そこで、私は自分のように小さいものも神様にささげたときに、5つのパンと2匹の魚で5千人もの人々のお腹が満たされたように、何千倍もの祝福に変えてくださると知って、献身の祈りをしました。私のすべてをイエス様に用いて欲しいと祈りました。

聖書を土台とした教育へ

 大学では動物行動学を勉強し、犬の視覚の研究をしました。テレビにも取り上げられ、私は当然のように自分が大学院に進学し、その研究を続けられる。もしくはアメリカに留学して最先端の行動研究を続けたいと思っていました。しかし、不況の中家族の経済状態が思わしくなく進学は断念し、結局自分が中学受験のときにお世話になった日能研という進学塾で理科を教えるポジションを貰いました。ただ、始めのうちは授業をそんなに担当することが出来ないので、同時にワードオブライフでパートタイムのミニストリーの仕事が与えられました。塾で子供たちと接し、またWOLの働きで聖書を中高生に分かりやすく伝える、またそのためのキャンプを準備する中、不思議と動物の勉強を続けたいという気持ちが消え、子供たちに神様のことを伝えたいという気持ちが大きくされていきました。伝道者の書12:1にあるように「あなたの若い日に、あなたの創造主を覚えよ。」という言葉は真実です。自分の中高時代を振り返ると、不安や将来の心配、親や友人との関係で悩むことは多くありました。でも、その度に神様はいつでも守りと、答えを与えてくださいました。そんなに素晴らしい福音を心のまだ柔らかい子供たちに伝えていくことが出来たら…どうか、自分のteaching abilityを用いてください。という祈りをはじめ、昨年の9月からそのことを専門的に学ぶためにフィラデルフィア聖書大学に導かれました。

教会生活への挫折と答え

 しかし、すべてが順風満帆のクリスチャン生活…だったわけでもありません。中1でクリスチャンになり、私は「ワードオブライフ」という団体のカルチャーで育ち、教会もその関係の教会に属していました。そして、自分はなんとなくこの地上の生涯は一生そこに関わって平穏に過ごしていくんだと思い込んでいました。しかし、ある年のキャンプを準備している中で、様々なトラブルが生じ、人間関係がボロボロにされました。また、周りのクリスチャンフレンドも社会人になり色々な疲れや悩みを持っており、相談も出来ず、私はすごく大きな孤独を感じるようになりました。そしてまたどこかで自分のことを悪く噂している人がいるんじゃないかという恐れが私の心を支配するようになってしまい、礼拝にも集中できなくなり、WOLの働きも辞め、教会も逃げるように誰も知らない誰も話しかけてくることがない大きな教会を探して出て行きました。
 そのころの私はとにかく神様に文句を叫び続けていました。「なんで、神様の導きに従って、ささげてきたのにあんなに辛い目にあわなくちゃいけないんですか?」「同じように神様を信じて、愛し合うように言われているクリスチャン同士でなんであんなことが起きるんですか?」…クリスチャンとしては真っ暗なところに1人でいるような気持ちになっていました。しかし、その中で神様は東京バプテスト教会のメッセージを通して、少しずつ私に癒しを与えてくださいました。TBCは教会員が1000人以上の大きな教会なので始めは、誰とも話さないで帰ってこれることが心地よかったのですが、兄弟どうしの交わりがないことへの不自然さが語られ、なんとなくスモールグループへアプライしました。そこで出会ったのが、PJCの顧問牧師でいらっしゃる西郷先生とも関わりのある女性でした。なんと、私はWOLで働いていたときに、英語を通して中高生にミニストリーをされている彼女のことは知っており、生徒を送ったこともあったのですが、同じ教会でしかもSGで再会するとは思っても見ませんでした。たった2人だけのグループだったのですが、共に分かち合い、祈りあうことで自分の通された試練がすべて御手のうちにあり、最善であったことが明らかにされてきました。
 まずは、自分は今まで自分の信仰は自分で選び、勝ち取ってきたもののように思っていました。しかし、この悩みの中も私は主から離れることはなく、主に叫び続けました。そのことを思うと、私ではなく神様が私を選び、私を捕らえていてくださったことが分かりました。
 また、私の中では中傷を受けた孤独なときに自分の周りに誰もその辛さを聞いてくれる人間を置いてくれなかったことが大きな不満であり、文句だったのですが、もし、そのときにそんな人が置かれていたら…私の唇は大きな罪を犯していたことでしょう。それはむしろ、私のことを特別に思い、愛してくださっている神様の特別な取り計らいであったということにようやく気がつき、神様のご計画の深さと愛にただただ感動しました。(また加えておきますが、その中傷をした友人とも今では和解が与えられ、共に祈りあう仲に戻されています!)伝道者の書3:11「神のなさることはすべて時にかなって美しい」という言葉の真実を思い知らされています。

ライフバース

 最後に私のライフバースを紹介します。
「恐れるな。私はあなたと共にいる。たじろぐな。私はあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、私の義の右の手であなたを守る。」(イザヤ41:10)
いつも私たちを義の右の手でしっかり守り導いてくださる神様に感謝します!